膝蓋骨脱臼症候群 ~そのオペ、本当に必要ですか?~

こんにちは。

今回は小型犬で多く遭遇する「膝蓋骨脱臼症候群」についてのお話です。膝蓋骨脱臼症候群は、分野でいうと「整形外科」の分野になります。

最近、膝蓋骨脱臼に関する質問や相談が多かったこと、また現場でも数多く診察しますので、今回は膝蓋骨脱臼について、特に「オペの是非」をメインテーマにして解説したいと思います。

 

膝蓋骨脱臼症候群とは?

まずは、どんな病態なのかを簡単に解説します(※一般の方対象なのでごく簡単に説明しています)。

 

膝蓋骨脱臼症候群はトイ種に多発する、すごく一般的な疾患(症候群)です。簡単に説明すると、膝のお皿の骨「膝蓋骨」がズレる病態で、多くは内方脱臼(膝の内側にズレる)ですが、外方脱臼(膝の外側にズレる)もあります。

 

後肢の複数の骨格筋や関節が複雑に関連してズレやすい状況を作り出します。つまり「ズレるから異常」というよりは「異常があるからズレる」と言えます。

 

今回はトイ種で多発する、膝蓋骨の内方脱臼のお話に絞って解説していきます。

 

膝蓋骨がズレやすいのはマズいの?!

さて、じゃあそもそも「膝蓋骨がズレたり&ズレやすかったりする」というのはどのくらいマズイんでしょうか?

 

診察では犬の膝を触診すると「容易にズレる&ハズれる」というのは、本当にとても良くあることなんですね。身体検査をしながら「この子は膝のお皿が少し動きやすいですね~」なんていう会話もちょくちょく出てきます。

 

 

結論を言います。

 

モチロン前提条件により異なりますが、診察する大多数のケースは外科手術など積極的な対応の必要がない症例で、何も問題が出ずに一生が終わることも珍しくありません。つまりマズいかマズくないかで言えば「それほどマズくない」となります。

 

少し表現を変えて言えば、膝蓋骨脱臼の多くの症例では「オペをした時のマイナス」と「オペをしなかった時のマイナス」を比較したときに、オペをした方がマイナスが大きいため保存療法が選択されます(→この考え方については詳しく後述します)。

 

「治療のための手術なのに、手術した方がマイナスが大きいなんてことがあるのか?」と驚かれるかもしれませんが、フツーにあります。

 

特に、整形外科の手術はほぼ確実にマイナスを伴うので、オペをしないときのマイナスとよく比較検討しなくてなりません(※関節をオペすると、健康体よりも早期に関節炎(関節症)が起こることは証明されています)。

 

では、膝蓋骨の内方脱臼について、どのようなケースで外科手術などの積極的な対応が必要なのかを説明していきたいと思います。

 

外科手術を検討するケース

① 幼若犬の場合

生後4か月未満の幼齢のケースで、かつ重症の場合は、なるべく早期の外科対応が必要になります。なぜなら、4か月未満と言うのは骨がグングン成長している時期なので、重度の膝蓋骨脱臼を放置すると成長に伴いどんどん後ろ足の骨が変形してしまうからです。

この場合のオペは「ズレている膝のお皿を固める」などという短絡的な手術ではなく、股関節~膝関節~足根関節までの後脚全体のアライメント(配列)を考え、骨を切って調整する必要があります。とても専門的な手術になるため、当院では実施せず専門家に依頼しています。

しかし、実際は生後4か月未満での膝蓋骨脱臼および重度の骨変形の症例はそれほど多いものではありません(※おそらくこのような状況の犬はペットショップでは販売されにくいのだと思われます)。なので、実際に診察することはかなり稀です。

 

② あきらかに膝が痛い、常に歩きずらい

幼齢ではなくすでに大人になっている犬での話です。

明らかに痛みが出ているケースや、いつも歩きずらいなど、強い症状が出ている場合は手術を検討します。しかし、このケースでは①と違って「なるべく急いで手術をしなくては」という緊急性はありません。なぜなら幼齢期とは異なり、骨の成長が終わっていますので、短期間でみるみる骨が変形してくことはないからです(長期的には少しずつ変形することはあります)。

ですから、本当にオペの方が良いのかどうかを(前述したどちらの方がマイナスが小さいのか?ということですね)、整形外科の専門のドクターと十分に相談してから実施することを強くお勧めします

このケースの手術も、膝のお皿がズレないように固定する、という短絡的なものではなく、やはり後脚全体のアライメントを考慮した手術となります。特に股関節のハマり具合との関連も深いため、膝ではなく、股関節の手術が必要になることもあるぐらいです。幼齢期のオペと同様、かなり専門的になるため、当院では実施していません。

続いて、すぐにはオペを考慮しないケースをみていきます。

 

「すぐの」外科手術は必要ないケース

要は、前述のケースに当てはまらない症例は「すぐの」オペは必要ありません。

具体的には

  • すでに成犬
  • 痛い・びっこなどの症状は全くない、もしくはあっても軽度で日常生活に支障がない

という状況の犬ですね。

こういうケースでは生涯にわたってオペが必要になることはほとんどありません。ちょっと、膝のお皿はズレやすいかもしれませんが、個性の範囲とも言えます。何事もなく一生が終わることが多いのが現実です。

 

「でも、今は無症状でも、数年かけて進行したら歩けなくなったりしないの??」

 

と不安に思う方もいるかもしれません(あるいはそう脅されている方もいるかもしれません)。

確かに、長期的に見たときに進行する可能性は否定しません。

でも、もし進行したらその時に考えればOKで、焦る必要はありません。この病気で、ある日突然歩けなくなることはありませんから、健診で関節可動、後脚のアライメント、筋肉量などを定期的にチェックし、症状が少しづつ出ているようであれば、それから検討すれば十分間に合います。このケースでは緊急性ある状況ではないので、どうしても不安であれば、まずは整形外科の専門家の診察を仰いでください。

くどいようですが、何もなく一生を終えることの方が多いぐらいですから、オペをした方が有利か(マイナスが少ないのか?)は本当によく考える必要があります。

 

それよりも、ご家族には適正な体重管理、適度な運動など今すぐにできることにぜひ取り組んでいただきたいです。特に体重は整形外科のトラブルと超密接ですから、日々の食生活の乱れがダイレクトに影響すると思ってください。

 

グレード○○だからオペ?!

膝蓋骨脱臼についてちょっと調べたことのあるヒトであればご存じかもしれませんが、膝蓋骨脱臼にはグレード分類と言うのが存在します。

「グレード○○」とか言って説明するとちょっとカッコイイ感じですよね(笑)

ざっくりと説明するとグレードは4まであり、グレード1はちょっとズレる、グレード3はだいたいズレている、以下略しますがそんなイメージです。

しかし、私は基本このグレード分類は使いません。

なぜか?

グレード分類する意味がないからです。

グレード分類というのは「分類することで治療法につながるかどうか?」がとても重要です。グレード1ならこういう治療、グレード2ならこういう治療、、、と言う感じです。

しかし、膝蓋骨脱臼のグレード分類は治療方針を決定するのには全然使えないんですね。なぜなら、最も重要なファクターである月齢(年齢)が一切考慮されていないからです。前述したように、幼齢かどうかで考え方が大きく変わってくるんですね。獣医師同士でズレ具合の意思疎通するためにグレード分類を使用する分にはいいと思います。

が、患者さんに「グレード○○だから外科治療が必要」など、グレード分類のみで治療方針を説明をするのは誤りだと考えています。

 

そのオペ、本当に必要ですか?

さて、グダグダ長文を書き綴ってしまいすいません。

ここからが本題です。最も言いたいことは、、、

 

オペの必要のない犬の膝が、たくさんオペされているんじゃなか?または、オペされそうになっているんじゃないか?ということ。

 

最近、実際に遭遇した症例を2つ交えて解説したいと思います。

 

症例① 他院で健康診断を受け、膝蓋骨脱臼グレード2と診断され早急なオペを提案された。セカンドオピニオンとして当院の見解を求めて来院。

このワンちゃんはすでに成犬で、重度の骨変形もなく後脚のアライメント(配列)も悪くありません。そして何より、症状がありません。痛いわけでもびっこを引くわけでもない。フツーに元気に生活しています。その症例にグレード○○なのでオペという提案をしています。

すでに成犬で症状も無いにも関わらず、グレード2だから早急なオペが必要!

非常に危険な提案でツッコミどころが多いですね。

この飼主さんは「早くやらないとマズい」というニュアンスで説明を受けていたようです。申し訳ないですが、獣医師の「単に手術をしたい」という欲求としか思えないです。

この飼主さんには、私の見解として、①現時点でオペの必要性はない、②仮にもし必要だとしても緊急性はないので専門家の診察を受けてからで十分、このようにお話ししました。

飼い主様は、私の見解に納得してくれた様子で、すぐのオペは見合わせることになりそうです。

 

症例② アトピー性皮膚炎の疑いで転院来院。ただし、通常はアトピー症状が出にくい「膝周辺」も良く気にして舐めたり掻いたりしているとのこと(すでに成犬)

お話をよく聞くと、両膝とも他の病院で膝蓋骨脱臼と診断され、膝を固めるオペを最近実施したとのお話でした。両膝で(再オペも含め)計3回もオペをしたそうです。そのあとから膝をとても気にしているとのことでした。

当院ではアトピー性皮膚炎の対応を実施し、全体的に皮膚の痒みは緩和されていますが、膝だけは違和感があるようで、症状が続いています。おそらくオペの後遺症ではないかと思っています。

さて、この症例はオペをしなくてはならないような犬だったのでしょうか?お話を聞く限りでは、やはり無症状で元気に走り回っている犬だったそうで、後脚の骨格を診ても、おそらく早急なオペは必要のない症例だったのではないかと考えています。オペをしたことで、むしろマイナスになってしまった可能性がありそうです。

 

このように、安易にオペを提案したり実施したりする例が結構あり、相談を受けることも多いのですが、よくよく話を聞くと「本当に必要なのかな~」と疑ってしまうような症例がほとんどです。

今回紹介した2つの例もそうで、問題なく生活していて、元気に走り回っていた犬ですよね。つまり無症状です。しかし、獣医師にオペしないとマズいと言われると、そんなものかと思ってしまいますよね。

 

とにかく、膝蓋骨脱臼の手術は「幼齢でなければ急いで実施する必要はない」オペですから、焦らずに一度は専門家に診察してもらうことをお勧めします。

 

整形外科の手術はダメージコントロール

整形外科の手術は、基本はダメージコントロール手術と言えます。ダメージコントロールは被害を最小限にする、という意味合いですが、整形外科であればオペしない場合のダメージが、オペをした場合のダメージより大きければそのダメージをコントロールするために手術が必要となります。

 

ちょっと前に述べましたが、手術をしない場合の「マイナス」と手術をした場合の「マイナス」の比較ですね。この観点から手術の是非を判断するのです。もう一つ重要なのは「マイナスを比較している」ということです。どっちの方がいいか?ではなくて、どっちの方が悪くないか?というニュアンスですね。

 

当たり前ですが、どんな名医がオペをしても、パフォーマンスが上がる(プラス)ことは絶対にありません。プロスポーツ選手も、怪我で手術をすると、たいていパフォーマンスが落ちてしまいますよね。関節の手術は特にそういうモノです。手術はマイナスを引き起こす作業になります。

 

膝蓋骨脱臼の手術も同じで、手術をすると膝がパワーアップするわけではないです。オペによるマイナスが生じます。

 

ですので、本当にくどいようですが、オペをした時に想定されるマイナスと、オペをしなかった時に想定されるマイナスを比較して、どちらのマイナスが小さいか、それをよく考えてオペ計画を立てることになります。

 

考えると言っても一般のご家族には難しいですから、本当にオペを悩むのであれば、セカンドオピニオンとして整形外科の専門の先生に診てもらうことを強くお勧めします。

 

まとめ

膝蓋骨脱臼症候群はとても遭遇率の高い病態です。

膝を触れば多くの犬が多少はズレると言っても過言ではありません。では、その子たちはどんな一生を辿るのでしょう?

ほとんどのケースは膝蓋骨脱臼により歩けなくなって辛く悲しい人生を送る、、、なんてことはないのです!

 

ほとんどのケースは問題なく一生を終えます。

 

まずは、この事実を知っていただきたいです。そして、オペはマイナスを生み出す可能性のある作業であることも知ってください。

誤解してほしくないのですが、オペ自体を否定しているわけではなく、大事なのはマイナスの比較なんだ、ということ。

 

当院は整形外科の専門ではありませんが、一次病院でするべき身体検査をしっかりと実施し、正しい考え方をお伝えしています。病気によっては整形外科の手術も行っていますが、膝蓋骨脱臼については、非常に複雑で専門的なので整形外科の専門家に依頼しています。

もちろん、飼い主様のご希望により、信頼のできる整形外科専門病院もご紹介いたします。何かあれば、遠慮なくご相談いただければと思います。

 

長い文章に最後までお付き合いいただきありがとうございましたm(__)m

それではまた!

【はとりの動物病院】診療時間

住所:千葉県木更津市羽鳥野7-20-2
>> アクセスはこちら

ご予約はお電話・専用WEBフォームから

WEB予約の詳細はこちらをご確認ください。

0438-53-7175

受付時間:9:00〜18:30(日曜・祝日及び火曜の午後は除く)



各種クレジットカードもご利用いただけます