スキンケア治療レポート ~犬の接触性皮膚炎~

当院では慢性再発性の皮膚病の治療オプションの一つとして以前から「スキンケア」を強く推奨しています。もちろん「スキンケア」だけで、皮膚病が治るわけではありませんが、適切な方法を取っていただくだけで皮膚コンディションはグンと上昇します。

 

さて、今回は当院推奨の「スキンケア」に切り替えたことで大幅に皮膚症状が改善した症例をご紹介していきます。良ければ最後までご覧ください。

① 症例紹介 トイプードル、7歳、男の子、なかなかよくならない皮膚病の相談のため当院に来院

この症例は、当院に3月中旬に来院されました。4歳のころから皮膚症状が出て、他院で治療するもなかなか良くならず最近は悪化傾向ということで、セカンドオピニオンとして来院されました(※飼主様の許可を得て紹介しています)。当院に来院時点での治療内容は、抗生物質と抗真菌薬の内服、マラセブシャンプーを用いての自宅洗浄という内容です。
では、実際に皮膚コンディションを見てみましょう。
写真のように「わきの下」「下腹部」「四肢端」などを中心におなか側の皮膚はぼぼ全域で脱毛、発赤、紅斑が認められ、膿様の滲出物が出ています。一部は色素沈着(黒色の部分です)や皮膚の肥厚により「像のような皮膚」に変化している場所(像皮様)も確認できます。また、皮膚炎のためかなり強い臭いを発していました。
下腹部の拡大です。
下腹部では、色素沈着や皮膚の肥厚がとても目立ちます。
四肢の皮膚です。赤みも強く、脱毛、肥厚を認めます。
ぱっと見、とてもかわいそうな状況ですよね。飼主さんだけでなくワンちゃんもとても悲壮感のある表情をしていらっしゃいました。もちろんワンちゃん本人が一番可哀そうですが、この状況のわんこが家にいたらご家族の日常もとても辛いと思います。
基本的に、慢性再発性の皮膚病はそもそも生まれ持った肌質の問題ですから、根治はできません。しかし、完全に治せなくても、半分だけでも症状が改善できれば、ワンちゃんとご家族の生活は激変します。
「何とかしてあげないと」と思い、診察を始めます。

② 状況の把握と初診時の対応

さて、まず適切に対応するためには、適切な「状況判断」が必要です。
意外に思われるかもしれませんが、確定診断はすぐに必要ではありませんし、すぐにはできません。実際の現場は「○○皮膚病!」のような戒名づけよりも、現在の状況をなるべく正しく把握することが大事。可能ならば臨床診断(仮診断)ができれば最初はそれでOKなのです。
このワンちゃんの状況をまとめます。
  • 皮膚病の初発は4歳ごろ。場所は下腹、耳 症状は痒み
  • 年を重ねるごとにだんだんと症状が強くなる、今が最も悪い
  • 現在の治療は抗生剤、抗真菌剤、マラセブシャンプーを週一回
  • 現状は顔面、腹側(わきや下腹部)、四肢など広範囲の病変で発赤と痒みが強い
こんな感じです。
詳細は割愛しますが、状況的には、まずはよくある「アトピー」+「脂漏症」のパターンだろうと認識しました。
しかし、ただの「アトピー」にしては病変がひどすぎます。
もちろん「アトピー」は痒くなる皮膚病ですが、アトピー単独の問題でここまで皮膚がボロボロになることは普通はありません。もちろん脂漏症(肌質の一つで角質代謝が速い)もあるので、それが皮膚症状を複雑化しているとは考えていましたが、それでもこの二つだけでは説明がつきません。
「アトピー」+「脂漏症」以外にも、何か悪化因子があると考えました。
ここで、すぐに思いつく2つの悪化因子の候補があります(2つ以外にもありますがまずは可能性の高いものから)。一つは「食物アレルギー」、もう一つは「接触性皮膚炎」です。
「え?、食物アレルギーはわかるけど・・・接触性皮膚炎??なにそれ?」と思われる方も多いかもしれません。
接触性皮膚炎についてはブログ記事「6月のお知らせ」の中でも簡単に解説しましたのでコチラもご覧ください
「接触性皮膚炎」とはその名の通りで、「何らかの物質」が皮膚について皮膚炎を引き起こした状況を言います。実は、私は最初から「接触性皮膚炎が悪化因子ではないか」と疑っていました。では「何」が皮膚について皮膚炎を引き起こしているのでしょうか?
そう、皮膚に接触して悪さをしている悪化因子は「マラセブシャンプー」です。このワンちゃんは、治療として※マラセブシャンプーを用いての自宅洗浄を実施していました。
※マラセブシャンプーとは、抗真菌成分と消毒成分を主成分とした、いわゆる「殺菌シャンプー」です。スキンケアには使えないため、当院では一度も使用したことのない製品です。)
モチロン「食物アレルギー」も考えなくてはなりませんが、典型例と違うこと、そして今まで「マラセブシャンプーによる接触性皮膚炎」を多数経験し、同じような症例を診ているということで、まず第一に疑ったわけです。
それでは初診時にどう対応したかをみていきます。
  • マラセブシャンプー中止、当院推奨のスキンケアを開始
  • 抗生物質や抗真菌薬は使用する(この状況では初期治療には必要と判断)
  • 毛包虫症や疥癬の除外のための試験的投薬(ただし検査や投薬歴からはこれらダニ類の皮膚への関与は否定的)
上記の対応を取り入れ、定期的に診察をさせていただきました。
え?アレルギーの検査とかしないの?フードはアレルギーの食事じゃないの?などなど、色んなことを思われる方も多いかと思いますが、いずれも最初の段階では必要ありません。こういうケースではまず状況証拠から可能性の高いものを考え、治療反応から次の計画を立てていきます。アレルギー検査や除去食試験はその次の次の次の、、、、、、、次のステップです(その次にやるかどうかも怪しいですが…)。一般の方が思っているほど、純粋な食物アレルギーは多くありませんし、アレルギー検査も基本的にはすぐには不要です。

③ 2カ月後の治療結果

さて、モチロン気になるのは上記対応でどうなったのか?ですよね。皮膚は3週間で一回生まれ変わるとされており、二度生まれ変わる1.5~2か月後ぐらいが最も注目です。
ということで、約2か月後の写真です。
パッと見でぜんぜん違いますよね?!(少し写真がブレていてすいません💦)皮膚の赤さはだいぶ引いており、毛の量が増えていることがわかります。
拡大します。
下腹部ですが、発赤、紅斑と皮膚の肥厚がだいぶ落ち着きました。
脚は見た目で大きく変わり、だいぶ発毛が見られます。発毛は皮膚のコンディションが戻ってこないと起こりません。
ワンちゃんは、痒みがかなり減った状態で、ストレスがなくなったせいか初診時に比べてとても元気になりました。気のせいかもしれませんが、初診時に感じた悲壮感のある表情は楽しそうな表情に変化して見えました。ご家族は、犬が痒がってつらそうな様子を見なくてよくなりましたし、なにより皮膚からの臭いが大幅に減少したため、とても満足されていました。
当初の治療目標はまずは症状半減、ぐらいでしたが、この時点で70%減ぐらいは達成できたようで、上々の結果となりました。もちろん、自宅での頻繁なケアなど、続けなくてはならないことはたくさんあり、ご家族の苦労が完全になくなるわけではありませんが、地獄のような日々からは解放させてあげられたと思います。

④ まとめ

今回の症例についてまとめましょう。
くどいようですが、ポイントは「接触性皮膚炎」です。
良かれと思っていやっていた「マラセブシャンプーでの週一回の洗浄」。これが大きな悪化因子でした。
このシャンプー療法は長期にわたって行われていたようです。マラセブシャンプーのような刺激や毒性の強いシャンプーだと、最初の1~2回の洗浄は大丈夫でも、数回の洗浄後には接触性皮膚炎が起こることもあります。それを長年続けてしまったのですね。
もちろん、アトピーだとか脂漏症だとか、ほかにも大事な要素はありますが「接触性皮膚炎を疑いそれについて対応した」ということが、この症例の改善につながりました。実際、変えたことはスキンケアの手法だけと言ってもいいぐらいで、投薬の内容も多少は変えましたが大筋は同じです。
マラセブシャンプーをやめて当院で推奨している方法でスキンケア(正しい洗浄と保湿)を始めたことが最も大きな変化です。
さて、みなさんどうでしょう?これって、メチャクチャ怖いと思いませんか?
ずっ~と「良かれ」と思ってやっているんですよ。良くしようと思って、治そうと思って、頑張って頑張って洗っていたわけです。そして、今まで誰もが、飼主さんも、獣医師も「この行為=マラセブシャンプーでの洗浄」が悪化因子だと思っていなかったわけです。
もし、当院に相談がなければずっと同じことを繰り返していたかもしれません。
「接触性皮膚炎に気づけるかどうか?」たったこれだけのことなのです。
が、、、しかし実際は、マラセブシャンプー以外にも、他にもいろいろなシャンプー剤や消毒剤による接触性皮膚炎を多数経験しています。
「薬用だから~」、「獣医さんが処方したから~」、などのもっともらしい理由で使っている、そのシャンプーが悪化因子かもしれないのです。スキンケアのことを正しく科学して作られている製品がそもそも少ないですし、スキンケアや洗浄について正しく提案できる獣医師やトリマーも残念ながら少数です。
ひどいケースだと、良くならないのは「洗い方が悪い!」とか「洗う回数が少ない!」などと怒られ、洗浄をもっともっと増やす→どんどん悪くなる→まだ洗い方が悪いと言われる・・・という負のループにハマっていた症例も診たことがあります。
悲しいことに「洗えば洗うほど悪くなる」のです。
犬は自分の口から訴えることはできないので、接触性皮膚炎が明るみに出ることが少ないんですね。
本当は「このシャンプーで洗うと余計ヒリヒリするんだよ~~😢」と思っているのかもしれません。
みなさんのお近くに、
  • シャンプー後に痒くなるワンちゃんはいませんか?
  • 皮膚病のためにシャンプーをしているけど、むしろ悪くなっているワンちゃんはいませんか?
その症状、ひょっとしたら、接触性皮膚炎が関係しているかもしれません。
スキンケアについては実はそれほど難しい理論はありません。安全性の高いアイテムで正しく洗浄するだけです。詳細は診察時に丁寧にお話ししますので、興味のある方はいつでもご相談ください。
それでは、最後まで長い記事にお付き合いいただき本当にありがとうございました。