こんにちは。今回は、歯科治療にまつわる誤解3選というテーマでお話ししたいと思います。
愛犬、愛猫の「歯」のコンディションが気になっている方も多いと思います。実際、当院のような小さな病院でも歯科治療目的の全身麻酔はとても多く、月に10件ほどになるときもあります。3歳以上の犬猫の8割は歯周病というデータもあるぐらいですので、そもそも患者さんの数が多く、必然的に治療数も多くなるのでしょう。
さて、歯科治療については、皆様からたくさんの疑問質問をいただきます。患者さんとお話ししていて気付いたことは、根本的なところでの誤解が多いということです。
そこで今回は歯科治療についての基本のキの部分で「どんな誤解があるのか?」について3つご紹介&解説します。最後までぜひご覧ください。
誤解① ハミガキすれば歯石が取れる
歯石とは、歯垢(プラーク)にいくつかの物質が加わり石灰化したもので、歯の表面に黄色~茶色の汚れとして固着しています。ご家族も容易に認識できるはずです。
さて、結論から言うと歯石はハミガキでは取れません。
ハミガキは歯垢が歯石にならないように、つまり歯垢を除去する目的で実施するものなのです。人間のハミガキと同じだと思ってください。動物のハミガキも同様で、歯垢が歯石にならないために実施する「ケア」なのです。
診察の中で「ちょっとでいいからハミガキしてよ」みたいな要望をいただくこともあるのですが、意味がないので当院ではやりません。ハミガキはやるなら毎日実施することに意味があります。信頼関係のあるご家族が、毎日ケアをしてあげることで効果があるのです。診察時にちょこっとハミガキをしたところで動物の人生にプラスにはなりませんし、むしろ病院で不必要に口をいじられたというトラウマを植え付けるマイナスの意味の方が大きくなります。
ハミガキの目的と意味を理解していただけるとこの誤解はなくなるでしょう。
誤解② とにかく歯石を取ればOK
とりあえず「歯石を取れば解決」と思っている方がインドの人口を超えるほど多いです。
結論から言うと、歯石を取るだけでは歯周病の予防と治療にはなりません。歯石は取るには取りますが、歯石を取ること自体は「手段」であり「目的」ではないのです。
「??意味が分からない・・・」と思われるかもしれませんね。
歯石を取れば見た目の歯は少しきれいに、そして白く見えるかもしれません。なので「これで安心」と思ってしまうのでしょうが、これはただの美容的処置です。言い換えると医療的処置ではありません。繰り返しになりますが、歯石をとるだけでは歯周病の予防と治療にはならないのです。
歯石はそれ自体が悪というよりも「歯周病菌のすみか」になることが問題です。
歯周病の病態では、歯石付着部の歯周病菌が歯石を足掛かりに歯周ポケットから侵入し、歯の支持組織(歯根膜や歯槽骨)を破壊していきます。要は「重要な問題は歯の表面ではなく、もっと奥で起きているんだ」と理解してください。
ですから、ターゲットはその「奥」の部分。歯周ポケットの敵を攻めたいのです。歯石は単にジャマなので取り除くにすぎません。
具体的には、①邪魔な歯石を除去→②歯肉縁下のルートプレーニングやキュレッタージ→③歯の表面のポリッシング→④+αその他の処置、という工程を経て処置が完了します。私たちが実施している歯科治療は、「単に歯石を取っているだけ」ではないのです。
ここまで実施して歯周病の予防と治療になるのです。歯石だけを取って歯の表面の見た目がきれいになるというのは①の工程しか実施していないということなんですね。それを治療と言えるかどうか?ここまで読んでいただければわかると思います。
長い説明になりましたが、とにかく「歯石を取ればそれでOK」というのは大きな誤解であると理解して下さい。
誤解③ 歯の治療に全身麻酔は不要
麻酔という言葉それ自体に良いも悪いもないのですが、どうしても悪いイメージを持たれている方がとても多いです。「麻酔は危険、怖い」などなど、、、。
ですので「無麻酔でもできますよ」というフレーズを聞くと「え?無麻酔なんていいじゃん!」と思ってしまいがち。
さて、巷では「無麻酔歯石除去」なるものを、特定の動物病院や獣医師、または獣医師ではない個人や団体までも提唱しているようです。まず大前提として「無麻酔歯石除去」は日本だけでなく世界的にも認められている処置ではないということを知っておきましょう。そして獣医師以外の施術は違法行為です。
<参考資料>
そして、なぜ「無麻酔」歯石除去はダメなのか?ここから重要な2つのポイントに分けて解説します。
ポイント① 無麻酔歯石除去は「歯科治療にはならない」ということ
これは、先ほどの「誤解②」でも説明しましたが、そもそも歯石除去だけをしても医療的には意味がありません。歯の見た目が白くなった、ただそれだけのこと。言い換えればただの美容処置です。
「無麻酔歯石除去」を言葉通りに評価すると「歯石除去」ですから「治療ではない」わけですね。「無麻酔歯科治療」ならわかりますが(ちなみに「無麻酔歯科治療」というコトバを使っているところはほとんどありません!)。歯石だけ取っても、歯周ポケットの処置をしていなければ歯周病は進行します。もし、無麻酔で正しく歯周ポケットの処置、治療ができるなら、ぜひやっていただきたいものです(まあできないから「無麻酔歯科治療」とは呼ばないのでしょうが)。
そして、実際に「無麻酔歯石除去」を受けた動物が、最終的に歯がボロボロになり結局は抜歯手術を受けるという図をなんどもなんども見ています。歯の見た目はきれいになった!と喜んでいても、歯の奥の病変は進行していますからね…。もし「無麻酔歯石除去」がちゃんと「治療」になってるならばこんなことにははならないはずなんですけど…。
美容と治療は全くの別物です。美容院と病院、ことばの響きは似てますが(笑)、まったく別の場所ですよね?動物たちが望むものは何なのでしょうか?歯の見た目のきれいさ(美容)なのか?それとも、歯の健康(治療)なのか?
ポイント② 無麻酔歯石除去はむしろ「とても危険」ということ
無麻酔歯石除去は全身麻酔よりも何万倍も危険です。
というか、そもそも全身麻酔は皆さんが思っているほど危険なものではありません
対して、無麻酔歯石除去の危険度は全身麻酔の比ではありません。
◇最悪のケースとしては死亡事故
ハイジニスト?なる資格(もちろん国家資格ではありません!)を持つ人物が実施した無麻酔歯石除去による最悪の死亡のケースです。獣医師のいない施設のため緊急処置もできませんでした。リンク記事内では、たくさんの情報を基に注意喚起をしてくださっています。長文ですがぜひすべての人に読んでいただきたいです。
◇顎骨折、誤嚥性肺炎、大出血などの重度の合併症
無麻酔歯石除去時に顎骨折(あごの骨の骨折)を引き起こした犬の整形外科手術を行った獣医師のレポートです。
◇施術後のトラウマなど動物の心理的負担
ヒトの歯科医師の方が、自分のペットに無麻酔歯石除去を実施した結果…、大きなトラウマを植え付けることに。
いずれも全身麻酔の事故よりもはるかに高確率で起こるものです。
にもかかわらず「無麻酔歯石除去」は前述したように治療にもならない。
無麻酔歯石除去を希望される方の多くの理由は「麻酔は危険」「麻酔は怖い」「無麻酔は安全」「無麻酔は身体にやさしい」だと思います。しかし、その無麻酔歯石除去の方がキケンだとしたら?、その前提が覆るわけですよね?。少しインターネットを検索すれば、無麻酔歯石除去で悲しい思いをした人たちがたくさんいるのがわかります。皆さんが、それでも「無麻酔歯石除去」を希望するならば、必ずきちんと調べて納得してから受けるようにしてください。
とりあえず「なんだかよさそう」とか「体に優しそう」みたいなふわっとした感覚では決して受けないようお願いいたします。
なお、本来は獣医師免許を持つもの以外の人間が歯石除去を行うのは、違法行為です。万が一の時の応急治療もできませんし、非常に危険だと思ってください。
※2024年6月更新 ◇獣医師以外の施術は違法です!
獣医師免許のないものが犬の歯石除去を実施し摘発されました。このようなことに加担しないようにご家族も知っておいてください。