縫合糸による病気 ~糸一本で動物の人生が変わる?~

院長です。

今回は手術で使う糸、<縫合糸>による病気についてお話ししたいと思います。ちょっと大げさですが、糸一本での動物の人生が変わるかもしれない?!そんなお話です。

まず、<縫合糸>とは・・・?
手術で使用する糸です。血管を縛ったり、お腹を縫う時など、手術の様々な場面で使います。最近は医療ドラマも多いですし、何となくイメージできるのではないでしょうか?

↑↑手術で使用する様々な縫合糸↑↑

さて、稀ではありますが、この縫合糸が身体にトラブルを引き起こす可能性があるのです。いろいろなパターンのトラブルが報告されていますが、多いのは、体内に残った縫合糸を中心に、その周りで瘤(こぶ)を作ってしまう、というものです。

この“瘤”を<縫合糸肉芽腫>とか<縫合糸反応性肉芽腫>などと呼んでいます。

縫合糸肉芽腫は、体内に残った縫合糸に対して免疫細胞・炎症細胞がたくさん集まった結果つくられます。巨大な瘤になることもあります(わかりやすいように簡略な説明としています)。

では、この病気になると、どんなことが起きるのでしょうか?

よく出る症状は、発熱、痛み、食欲不振など、どんな病気でもあり得るような症状です。
肉芽腫が体表など、目で見てわかる場所にあれば、漿液や体液が出て気づくこともあります。こういった症状は毎日出ることもあれば、調子の良いとき悪いときを繰り返すパターンもあります。なんとな~く具合の悪い日々が続く、というような、はっきりした症状の出ないケースもあるようです。最も怖いのは、この肉芽腫がお腹の中にできて、いろいろな臓器を巻き込んだ場合で、重篤で緊急性の高いトラブルに発展する可能性があります。また、この肉芽腫は、数年かけてじわじわと大きくなることもあり、例えば1歳で手術をしたワンちゃんに使用した縫合糸が原因で、5~6歳頃になってようやく肉芽腫ができたことに気づく、そんなことも経験します。

なんだかとてもイヤな病気ですねぇ・・・(-_-;)

しかし、なんでこんなことが起こってしまうのでしょうか?

実は、縫合糸肉芽腫の詳細な発生機序はまだ完全には解明されておりません。

えー!?それじゃあ、
「手術なんてコワくて受けさせられない!」
と思ってしまいますよね・・・。

でも、手術自体を過度に心配しないでください。

もともと、すごく発生率の高いトラブル、というわけではありません。
手術のトータル件数を考えれば、非常にまれなトラブルといえます。

そして、何に注意をすれば発生率を下げられるか?もわかっています。

最も注意すべきは縫合糸の種類です。

絹糸(けんし)という種類の糸を使用したときに、縫合糸肉芽腫を引き起こす危険性が高くなることが指摘されています。少し前のデータですが、避妊や去勢手術の後にこの病気になってしまった数十頭の犬を調査した報告があります。そして、どんな縫合糸で手術をしていたのかを調べてみると、使った糸が判明した症例では、なんと全例で絹糸を使用していたのです。

当院に来院した縫合糸肉芽腫の患者さんたちも、その原因がわかったものは全て絹糸でした。

もちろん、絹糸を使用すると必ずできてしまう、というわけではありません。

※絹糸は古くから使われている縫合糸ですが、最大にして唯一のメリットは価格、つまり安いことです。結びやすい、という獣医師もいるのですが、実験的には結んだ時の確実性が高い縫合糸ではないとされています。糸の構造的に感染を起こしやすいことも大きなマイナスです。少し高価にはなりますが、今は他に良質な縫合糸があるので、私個人の意見としては、絹糸を使用するメリットは全くないと考えています。

また、根本的な原因としては、おそらく動物自身の体質によるところが大きいと考えられています。犬種ではミニチュアダックスフントで多いとされています。猫での報告はきわめて稀です。しかし、この体質や動物種のことについては、まだ情報不足でわかっていない部分も多いのも現実です。

さて、もし縫合糸肉芽腫になってしまったら治療はどうすればよいのでしょうか?

基本的な治療方針として、可能であれば残っている縫合糸と肉芽腫を外科的に摘出することが最善とされています。もし外科的治療が難しい場合は免疫を調整するお薬を使用しながら長期にコントロールし続けることもあります。

治療について、当院での実例をご紹介しましょう。

まずは先日、縫合糸肉芽腫の摘出手術を行ったワンちゃんです。このワンちゃんは5年程前に去勢手術を受け、手術後しばらくは何も問題がなかったそうですが、ここ数年、手術部位付近(陰茎脇~鼠径部)の痛みや違和感で苦しんだようです。ついには、大きな瘤ができ、当院に、初めて来院されました。

↑↑陰茎の脇にできた大きな“こぶ”、強い痛みが出ていた↑↑

検査結果や状況証拠から縫合糸肉芽腫を疑ったため、摘出手術をおこなったところ、瘤の中心から縫合糸(※絹糸と判明しています)が見つかりました。肉芽腫と縫合糸を摘出した後は、今まであった痛みもすっかりなくなり、今はとても元気にしています。

次に、不妊手術後にできてしまった、お腹の中の縫合糸肉芽腫が内臓を巻き込み、腸閉塞になってしまったワンちゃんのお話しです。なんと、このワンちゃんは、不妊手術を受けてからの約2年間、かわいそうなことに体調の良い日がほとんどなかったそうです(>_<)。そして最終的には肉芽腫が小腸を巻き込み腸閉塞に陥り当院に来院。緊急手術と長期入院による集中治療でなんとか命を取り留めました。なお、小腸を巻き込んだ肉芽腫病変からは、縫合糸(※絹糸と判明しています)が見つかりました。

↑↑肉芽腫により起こった腸閉塞↑↑

あのとき急いで手術をしなければ、もう生きてはいなかったでしょう・・・。このワンちゃんは、初めて来院した時は本当にガリガリに痩せていましたが、今では体重もふっくらですっかり元気(^^♪。時々トリミングに通ってくれています(^-^)

こんなように、手術で使用する「糸」が原因で、動物の人生を大きく変えてしまことがあるのですね…。

では、私たちがとるべき対策は・・・?

まずは、先にも述べたように、縫合糸肉芽腫の症例での絹糸使用率が極めて高いことはわかっていますので、
「絹糸を使わないこと」
「絹糸を体内に残さないこと」
が、すぐにできて、簡単で、効果的な対策だと思います。

もちろん、絹糸を使うと必ずこの病気になるわけではありませんし、逆に他の縫合糸でも発生のリスクはゼロではありません。しかし、現時点での過去の報告や状況証拠的には、絹糸がとても大きなリスク要因の1つであることは間違いないと思います。もともと発生率の高いトラブルではないのですから、この病気のことが完全解明されるまで、「とりあえず絹糸を使用しない」、ということだけでも、縫合糸肉芽腫の発生リスクはかなり減らせるでしょう。

ここ最近は獣医療業界全体の流れとしても、絹糸の使用が減ってきているようです。私の友人でも絹糸を動物の体内に残す獣医師はいません。ただし、絹糸は医療材料として普通に販売されていますので、すぐに使用がゼロになるということはないでしょう。しかも、とても安い!当院でメインとして使っている縫合糸と比べればおよそ100分の1以下の価格です💦

ちょっと話がそれますが、たとえば動物病院で一般的な手術として、不妊・去勢手術がありますね。これらの手術でも、縫合糸を使うことが一般的ですが、手術料金を安くしようと・・・、つまりコストダウンを重視すると、こういうところで(安い縫合糸を使うことで)コストを下げることになるのかもしれません・・・。

「絹糸を使えばコストがさがる。」
「縫合糸肉芽腫が起こる可能性が高まるかもしれない。」
「でも、みんながなるわけではないよね。」
「じゃあ、安い方がいいか。」

と、考えるのか?

「なるべくいい材料を使って、動物たちが負うリスクを少しでも減らそう!」

と、考えるのか?

私は、当然、後者だと思っています(多くの獣医師がそうだと思っているとは思います)。

ですので、当院では、できる限りこのトラブルに遭遇しないよう、体内に残す縫合糸は生体反応の最も少ないとされている吸収糸を使用しています。幸い当院で行った手術において、今のところ縫合糸肉芽腫のトラブルには遭遇したことはありません。

縫合糸肉芽腫は、できた場所や症状によっては根治が難しい場合もありますが、治る可能性がないわけではありません。去勢や不妊など、何らかの手術を受けた後からなんとなく体調がすぐれないなど、思い当たる節があれば、一度ご相談ください。

院長